大阪高等裁判所 昭和43年(行ケ)2号 判決 1968年10月21日
第一号事件原告 沼田忠夫
みぎ訴訟代理人弁護士 河野春吉
第二号事件原告 橋本恒一
みぎ訴訟代理人弁護士 角南瑞穂
同 秋山英夫
被告 兵庫県選挙管理委員会
みぎ代表者委員長 安藤真一
みぎ指定代理人選挙委員会書記 淡路利夫
主文
第一号事件原告の請求を棄却する。
第二号事件原告との関係において、昭和四二年九月二八日施行された稲美町議会議員選挙における当選人決定に関し、被告が昭和四二年一二月二一日附をもってした第二号事件原告の審査申立てを棄却する旨の裁決を取り消す。
訴訟費用は、第一号事件原告と被告との間に生じた分は第一号事件原告の負担とし、第二号事件原告と被告との間に生じた分は被告の負担とする。
事実
第一、当事者の求める判決
各原告の訴訟代理人は、各自関係の事件について、それぞれ、「昭和四二年九月二八日施行の稲美町町会議員選挙における当選人決定に関し、被告が昭和四二年一二月二一日附をもってした原告の審査申立てを棄却する旨の裁決を取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、
被告は、「各原告の請求を棄却する。訴訟費用のうち、第一号事件に関して生じた分は第一号事件原告の、第二号事件に関し生じた分は第二号事件原告の、負担とする。」との判決を求めた。
≪以下事実省略≫
理由
一、本件選挙における下順位の当選人三名および次点落選者の得票、ならびにみぎ四名の候補者に対する投票中の疑問票について。
第一、二号事件の各原告ならびに訴外赤松初司および同藤田正は、いずれも、昭和四二年九月二八日施行された兵庫県加古郡稲美町の町議会議員選挙に立候補した者であるところ、みぎ選挙は即日開票の結果、選挙会は各候補者の得票を計算し当選人を決定したが、その際の下順位の当選人三名および次点落選者の各得票総数はつぎのとおりであったこと、
第二号事件原告 三九七票 二〇位当選
第一号事件原告 三九三票 二一位当選
赤松初司 三九二・六四一票 二二位当選
藤田正 三九二票 次点落選
選挙長から本件選挙における当選人および各候補者の得票総数の報告を受けた町選管委員会は当選人の告示をしたところ、次点落選者から町選管委員会に対し当選の効力に関し不服がある旨の異議の申出があったので、同選管委員会は投票を再点検した結果、同年一〇月一六日前記四候補者の各得票総数をつぎのとおりであるとして当選人の更正決定をしたこと
藤田正 三九三票 二〇位当選
赤松初司 三九一・六三四票 二一位当選
第一号事件原告 三九一票 当落未定
第二号事件原告 三九一票 当落未定
(第一、二号事件各原告の当落は選挙長のくじ引きで決定すべきものである。)
みぎ町選管委員会の決定に対し、第一、二号事件の各原告ほか一名から、決定を不服として被告に審査の申立てをしたので、被告は、同年一二月二一日、前記町選管委員会の決定は、赤松初司の得票を一票増加して三九二・六三四票とするほか、すべて正当として維持すべきものであるとして、みぎ各原告ほか一名の審査申立てを棄却する旨の裁決をしたこと、
第一号事件原告の得票のうち、候補者の氏名欄の左下隅に、同欄の枠の左側線から下縁線に向って右下りに斜線の引かれた二票は、当初の選挙会の決定では、いずれも有効投票とされていたが、町選管委員会の決定および被告の裁決では他事記載の無効投票であるとして同原告の得票に算入されず三九一票となったこと、
第二号事件原告の得票中「橋本恒二」または「はしもとつねじ」と記載した投票六票は、当初の選挙会の決定では同原告に対する有効投票として同原告の得票数中に算入されていたが、前記町選管委員会の決定および被告の裁決では、稲美町内在住の実在人橋本恒二に向けて投票された疑があるから無効投票であるとして、同原告の得票総数に算入されず三九一票となったこと、
候補者赤松初司に対する投票のうち「赤松」と記載した一票は、当初の選挙会の決定の際には同候補者に対する有効投票として得票総数中に算入されていたが、町選管委員会の決定では同候補者に対する投票として無効であるとして同候補者の得票総数から除かれ、被告の裁決では同候補者に対する有効投票であるとして再び同候補者の得票総数中に算入され三九二・六四一票となったこと、
候補者藤田正に対する投票のうち「藤田理」と記載した一票および「マツタ」と判読される記載のある一票は、当初の選挙会の決定では同候補者の得票総数中に算入されていなかったが、町選管委員会の決定および被告の裁決では同候補に対する投票として有効であるとして同候補者の得票総数中に算入され、なお他に無効票一票があるとして三九三票とされたこと、
以上のことは当事者間に争いがない。
なお本件訴訟の進行中、第一号事件原告代理人は、候補者赤松初司の得票中当初の選挙会の決定、町選管委員会の決定および被告の裁決を通じていずれも同候補者に対する有効投票とされてきた投票用紙の裏面中央に同候補者の氏名を記載した一票および「赤松初司。」と記載した一票は、いずれも無効投票であるから、同候補者の得票総数から除くべきであると主張している。
そして赤松候補につき有効投票とされたみぎの二票が存することは当事者間に争はない。
二、各疑問票の効力および前記四候補者の得票総数について。
(一)、第一号事件原告の得票について。
問題の二票を投票の現物(検証調書添付第五、第六、第七写真参照)について検証した結果によれば、
(1) 候補者の氏名欄の左下隅の同欄の外枠の左側線から下縁線に達する右下りの斜線二本(ただしみぎ二本の大部分は重複しているために左端を除いて一見一本に見える。)を引いた一票((ロ)票)は、みぎ斜線の位置、形状、長さ、濃度に徴し、選挙人がなんらかの意図をもって意識的に記入したものであることに疑なく、みぎ一票は他事記載のある投票として公職選挙法六八条五号により無効である。
(2) 候補者の氏名欄の左下隅の外枠の左側線と下縁線との中間に短い右下りの斜線一本の記入のある一票((イ)票)は、みぎ斜線の長さも極めて短かく、濃度もやや薄いものであるけれども、みぎ斜線の位置が候補者の氏名の記載から可なり距った場所にあり、斜線の向きが候補者の氏名を記載した位置の方向から始まっていないばかりでなく、またみぎ氏名を記載した位置の方向に向って終ってもいないことから、みぎ斜線はみぎ氏名を記載する直前または直後における鉛筆の運び中に誤って付けられた汚損ではなく、氏名の記載動作とは直接に関連のない動作で付けられたものと認められる点、および、みぎ斜線の位置および向きが前記(ロ)票に記載された斜線と類似の位置に(ロ)票とほぼ同一の方向に引かれている点に徴すれば、みぎ(イ)票の斜線もまた、(ロ)票の斜線と同様に、選挙人がみぎ投票の記入をする際に、なんらかの意図をもって意識的に施したものと認めるのが相当である。よって同投票は他事記載ある投票として無効である。
第一号事件原告代理人は、各投票の効力はその投票の記載自体から判断すべきであって、他の投票の記載から当該記載の意味を類推判断してその投票の有効無効を定めることは許されないから、(イ)票の斜線と(ロ)票の斜線との間に存する位置、形状等の類似に基づいて(イ)票の斜線が(ロ)票の斜線と同一の意図の下に記載されたものと類推憶測して、(イ)票を無効としたのは違法であると主張する。なるほど、各投票の効力はその投票の記載自体に基づいて判断すべきもので、投票に記載のないことから判断してはならないが、当該投票の記載自体に基づいて判断する以上、記載の意味を判断するに際して記載自体に表れていない当該選挙に関連ある諸般の事情を判断の資料に供することはもとより許されることであるから、本件(イ)票の斜線が意識的に記入されたものであるかを判断するに際して、みぎ斜線と類似する(ロ)票の斜線が意識的に記入されたものである事実を判断の資料としても、これを違法と云うことはできない。けだし、このような判断は、当該投票の記載自体に基づかない判断には当らないし、証拠に基づかない判断でもないからである。第一号事件原告代理人は(イ)票の斜線は長さも短かく濃度も薄いから、鉛筆の試し書きまたは誤って付けられた汚損であると主張するが、前記の各認定資料との比較上みぎ主張は認められない。
よって第一号事件原告の本件選挙における得票総数は原裁決のとおりに三九一票であることが認められる。
(二)、赤松初司の得票について。
(1) 「赤松」と記載した投票について。
本件選挙には赤松姓の候補者二名(すなわち赤松初司と赤松力太郎)が立候補していた(この点は原告らの明らかに争わず自白したものとみなされる。)のであるから、候補者赤松初司の姓のみを知っていてその名が初司であるか力太郎であるかを知らない選挙人が、自分の投票する候補者を他から区別するためにその姓赤松と同人の居住する字の名称見谷とを記載して候補者を特定することは公職選挙法上許される記載方法である(同法六八条五号但書)。そして住所地「見谷」をもって囲んだのは見谷が候補者赤松初司の名ではないことを示すためであると認められるから、みぎは候補者を特定する上に全く無用の記載ということはできない。このように候補者の特定に意味のある記載は、それが記号符号に類するものであっても、公職選挙法六八条五号但書所定の各記入に準ずものとして、投票を無効にする他事記載には当らないと解するのが相当である。この点に関する各原告代理人の主張は独自の見解であるので採用しない。
(2) 投票用紙の裏面に赤松初司と記載した投票について。
該当投票現物の検証の結果によれば、本投票は表面の候補者の氏名欄はなんの記載もない白紙の状態であるが、裏面には中央に、上下左右に偏ることも傾くこともほとんどなく、達筆で赤松初司と書かれていて、選挙人か候補者赤松初司に投票する意思でみぎ裏面の記載をしたものであることを認めることができる。このように、投票用紙の候補者の氏名を記載すべき指定欄以外の箇所に候補者の氏名を記載した投票であっても、いやしくもみぎ記載から特定の候補者に投票する選挙人の意思を知ることができるものであるときは、用紙の指定欄外に候補者の氏名を記載した投票を無効とすべき旨の法規はないから、このような記載が選挙の自由公正を害しない限り、その投票を無効とするべき理由はない(大審院大正六年一二月一三日民録二三輯一九三一頁)。
第一号事件原告は、「投票用紙の指定欄外に候補者の氏名を意識的に記載した投票(特に投票用紙の裏面に記載した投票)は、秘密投票の精神にそむくものとして無効である。けだし、このような投票は、候補者の氏名の記載された場所からその投票をした選挙人が何びとであるかを容易に知ることができるばかりでなく、用紙の裏面に候補者を記載した場合には、選挙人は投票を投票箱に入れる際に選挙立会人に対し自分が何びとに投票したかを見せることが容易にできるからである。」と主張する。しかしながら、特定の投票をした者が何びとであるかを他人に知らせる方法は他事記載や指定欄外記載に限ったことではない(例えば、特定の字劃を特異に記載するとか、欄内の特定した箇所に偏ったり傾いたりした記載をするとか、)。したがって、他事記載投票を無効とする理由は、かかる記載が秘密投票主義に背むくからであると云うよりも、むしろ、投票用紙に候補者の特定に関係のない無用の事項が際限なく記載されるような事態に立ち至ることを防ぐために、みぎ候補者の指定に関係のない意識的な他事記載のある投票を記載の大小にかかわらず無効とするものであるということができる。みぎのような見解に従えば、指定欄外記載の投票についても、抽象的一般的にそれが投票の秘密主義に反するから無効であるとの所論は、賛成できない。かえって、折角の選挙人の投票をいかす意味において、投票用紙の注意書の行間や裏面の片隅等の見にくい箇所に小さく又は不明瞭に記載する等、特定の候補者に投票する選挙人の意思を認めることができない記載がなされた場合は別として、いやしくも選挙人が特定の候補者に投票したものであることが認められ且つ他にみぎ記載が選挙の自由と公正を害するものと認むべき特段の事情が認められない限り、指定欄外に候補者の氏名を記載した投票であっても、有効と解するのが相当である。また、選挙人が選挙立会人に対して自分が何びとに投票したかを見せる機会は、候補者の氏名を指定欄内に記入した場合と指定欄外に記入した場合とによって異なるところはない(投票用紙はどちらの場合にも候補者の氏名を記載した面を外側にして折り畳むことができるからである。)。したがって、具体的な投票について、投票箱に入れる際に立会人に示された等、投票の自由と公正を害する行為のあったこと、または記載自体が投票の自由と公正を害するものに当ることの証明がなければ、投票用紙の裏面その他指定欄外に候補者の氏名が記載されていると云うだけでは、みぎ投票を投票の自由と公正を害する無効な投票であると云うことはできない。
前記裏面記載の投票は、候補者赤松初司に投票する選挙人の意思を認むるに十分な記載があり、具体的な場合について投票の自由と公正を害するものであることの証明がないから、有効なものと云うべきであって、この点に関する第一号事件原告の主張は採用できない。
(3) 「赤松初司。」と記載した投票について。
候補者の氏名の末尾に句読点を記載した投票は、日頃文章の末尾に句読点を付ける習慣によって無意識裡に句読点を付したものと解することができるので、投票を無効にするいわゆる「他事記載」には該当しない。前記投票は有効である。第一号事件原告代理人のこの点に関する主張は独自の見解であるので採用しない。
よって、本件選挙における候補者赤松初司の得票数は三九二・六四一票であることが認められる。
(三)、藤田正の得票について。
(1) 「藤田理」と記載した投票について。
候補者制度を採用した現行法の下では、反対の意思が認められない限り、選挙人は候補者中の何びとかに投票したものと推定される。したがって、候補者の氏名を誤記した投票であっても、それが候補者中の何びとに投票したものであるかを知ることができる以上有効である。本件選挙においては藤田正のほかに藤田姓の立候補者がない(この点は原告らの明らかに争わず自白したものとみなされる。)のであるから、「藤田理」と記載した投票は、選挙人が候補者藤田正を選ぶ意思で投票したものと推定することができる。そして「理」が「ただし」と読むことができる以上、たとえみぎ読み方が通常ありふれた読み方でないとしても、選挙人は「藤田ただし」と読ませる意思でみぎ投票をしたのであって、「理」は「正」の誤記であると認めることができる。したがって、「理」という字の記載は、投票された候補者の特定に不要な事項を意識的に記載したものには当らないわけであるから、みぎの投票を他事記載のある投票として無効であるとすることはできない。この点に関する各原告代理人の主張は採用できない。
(2) 「マツタ」と記載した投票について。
該当投票の現物を検証した結果によれば、候補者の氏名記載欄に「マツタ」と記載したものと解される記載がある(みぎ記載は逆書きであるのみならずマシタとも読める不正確な記載であるが、記載の第二字の形態は「シ」よりも「ツ」に近いので、「マツタ」と記載したものと認める)。≪証拠省略≫によれば、候補者藤田正は旧姓を松田といい、昭和一六年一一月二四日松田家から藤田家に養子縁組により入籍した者であって、みぎ縁組が同村同字内(藤田正の実父松田辰治郎も養父藤田市松も共に旧天満村中一色に本籍および住所を有していた。)でなされた関係もあって、みぎ縁組前から稲美町内に住んでいた藤田正の友人または知人の中には藤田正を今なお旧姓に従って「マツタ」と呼ぶ者があることを認めることができる。本件選挙では藤田正のほかには松田姓または「マツタ」に類似する姓の候補者が立候補していない(この点も原告らが明らかに争わず自白したものとみなされる。)から、みぎ「マツタ」と記載した投票は、選挙人が藤田正に対して投票する意思で投票したものと認めることができる。よって同投票は候補者藤田正に対する投票として有効である。
第一号事件原告代理人は藤田正が松田家から藤田家に養子縁組によって入籍したのは年齢一三才の時で、その時から本件選挙の施行まで既に二六年近くを経過しているから、藤田正を今なお旧姓松田で呼ぶ者がいる筈がないと主張するが、小学校在校中の頃の同年輩の友人知人は、養子縁組等で姓の変わった者をいつまでも昔呼び馴れた旧姓で呼ぶことが往往にしてあることは公知の事実であるから、藤田正が縁組前に稲美町内で小学校に通学し生活をしていたからには、稲美町内には二〇数年を経過した後でも同人を「松田」と呼ぶものがあるのは当然考えられることであって、同人が一三才の時に養子縁組によって姓を変更したことおよび姓の変更後二〇数年を経過していることは、必ずしも前記の認定を覆すに足るものということはできない。
各原告代理人のみぎ主張は採用できない。
よって候補者藤田正の本件選挙における得票総数は三九三票であることを認めることができる。
(四)、第二号事件原告の得票について。
≪証拠省略≫によれば、稲美町内、特に稲美町字野寺内およびその附近では、第二号事件原告を「つねさん」、橋本恒二を「先生」と呼んで両者を区別するのが常であって、稲美町内全部では第二号事件原告の姓名を「橋本恒二(はしもとつねじ)」であると誤解しているものが可なり多数あること、ならびに、橋本恒二は昭和三四年から昭和三八年まで稲美町議会議員として一期間在任したことがあるが、みぎの期の町議会議員の選挙は、議員定足数を超える数の立候補者がなかったために無投票で当選人が決定された関係から、選挙運動の必要がなく、橋本恒二の姓名および人物を稲美町選挙人全般に印象付けるに至らなかったこと、同人は稲美町野寺部落の区長を二期(二年間)勤めたけれども、同町の区長は公職ではなく、ほとんど輪番制に近い推薦制で就任する世話役に過ぎないから、その姓名が他部落の者にまで周知されることはほとんどないこと、同人は稲美町議会議員在任中に神戸市と稲美町との合併問題に関し合併特別委員長となったことがあるけれども、みぎ合併問題は神戸市と稲美町との間の話合いがあった程度で沙汰やみとなり、住民投票はもちろん県知事の合併計画の決定および関係市町村への勧告さえなされるに至らなかったので、一部町役場吏員および町議会議員を除いてみぎ特別委員長在任の事実を記憶する者はほとんどないこと、同人は、長年、神戸市の小中学校教員を勤め校長になったことがあるけれども、稲美町内で在職したことは一度も無かったので、稲美町内では近隣の者その他特別な関係のある知人を除いてみぎ事実を知る者は少なかったこと、第二号事件原告は昭和三八年から昭和四二年まで稲美町議会議員一期を勤め、みぎ議員となるに当っては選挙運動をしたので、本件選挙施行当時には稲美町内ではいわゆる現議員である第二号事件原告の方が橋本恒二よりむしろ顔を知られていたことを認めることができる。証人大西衛の証言中には橋本恒二が著名人である旨の供述があるが、それは同証人がたまたま橋本恒二の親戚であったために同人をよく知っていたのであって、前認定の諸事情に徴すれば橋本恒二なる人物の周知度は、稲美町内の選挙人一般に関する限り、同証人の述べるように高いものでなかったと認められるから、みぎ証人の供述は採用できない。
以上のように実在人橋本恒二は著名人ではなく、稲美町内には第二号事件原告の姓名を「橋本恒二(はしもとつねじ)」であると誤解していた者が可なり多数あるところ、本件選挙では第二号事件原告は立候補しているが実在人橋本恒二は立候補しておらず、その外に橋本姓の候補者はいなかった(この点は被告において明らかに争わず自白したものとみなされる。)から、みぎ選挙において「橋本恒二」または「はしもとつねじ」と記載した投票は、候補者である橋本恒一に向けられたもので、候補者ではない実在人橋本恒二に向けられたものではないと認めるのが相当である。よって、本件選挙において「橋本恒二」または「はしもとつねじ」と記載した各投票は、いずれも、同選挙の候補者である第二号事件原告の姓名を「橋本恒二(はしもとつねじ)」であると誤解した選挙人が、同候補者に投票する意思で誤ってみぎ記載をしたものと認めるのが相当であって、みぎ記載のある六票はいずれも第二号事件原告に対する投票として有効であるといわねばならない。この点に関する被告の主張は採用できない。
よって本件選挙における第二号事件原告の得票総数は三九七票となる。
三、結論
以上のように、本件選挙における前記四候補者の各得票総数は、第二号事件原告が三九七票、藤田正が三九三票、赤松初司が三九二・六四一票、第一号事件原告が三九一票となり、当選人となるに足る得票総数を獲得したのは第一号事件原告を除く他の三名であるから、原裁決は、候補者藤田正および同赤松初司を当選人であるとした点では正当であるけれども、第二号事件原告を当選人とせず、当選人となるべき最後の一人を第一号事件原告と第二号事件原告とのうちから選挙長のくじで定めるべきものとした点では失当である。したがって、第一号事件原告の審査申立てを棄却した点では原裁決は相当であるので、みぎ裁決の取消しを求める同原告の本訴請求は棄却を免れない。しかしながら、第二号事件原告の審査申立てを棄却した点では原裁決は失当であるので、同原告に対する関係では原裁決は取り消すべきものである。
よって民訴法八九条を適用し主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 宅間達彦 裁判官 長瀬清澄 古崎慶長)